市 政 会 館 そ の 成 り 立 ち
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東京市政調査会の創立者である後藤新平は、市政の科学的調査研究および地方自治の啓発のための機関が必要と考えたが、それは「全く中正独立した立場にあって、時の権力によって動かされるものではない」ものとの信念は固く、独立機関としての設立経費350万円の寄付を実業家の初代安田善次郎の意志を継いだ2代目安田善次郎から受けて「市政会館」が建設された。1922(大正11)年12月、著名建築家8名による懸賞コンペが行われ、審査の結果、佐藤功一の作品が1等となり、すぐ実施設計にかかったが、種々の事情のため、建築認可の申請から4年を経て、建設地を、当初の公園東北隅から現在の東南隅へと変更されて1927(昭和2)年に建築許可された。
基礎工事の着工直前に関東大震災が起こる。このため、従来レベルにとどまらない耐震性耐火性を求められ、松材杭木を2200本も打ち込んだ上、鉄筋で組んだ基礎コンクリートを流し込む工法を2年がかりで実施したため、この建物はほとんど地盤沈下の影響を受けていない。
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